The way to a shrine
このブログへ投稿している写真は師匠の「お墨付き」ばかりです。
ですが中には、勝手に「お墨付き」と勘違いしているものもあるかもしれません。
ある人にこういわれたことがあります。
「良い指導者は多くを語らない」
私の師匠は、写真の上達の秘訣として「たくさん撮ること」を挙げます。構図がどうの露出がどうのはほとんど語らず、撮った写真を見てもなんだか良く分からないニュアンスで批評をしてくれるので、最初は「この写真のどこがいけないのでしょう?」と聞いてしまったことがあります。そのときの師匠の困った顔が今でも忘れられません。
私にはもうひとり、楽器の師匠がいます。この人も弾き方のコツについてたずねると「トータル的なもの」とおっしゃる。これもなんだかよくわからない。これでうまく弾けるようになるのかな?と思いながらそろそろ3年経ちます。ところがそのトータル的なものが分かってきたのです。それが何かと聞かれてもうまく言えない。例えて言うなら「全身が楽器になる」といったところでしょうか。師匠は「楽器の弾き方」を教えてくれているのではなく、「音楽の奏で方」を教えてくれているのです。
写真の師匠も同じです。写真の「撮り方」ではなく「心」を教えてくれているということに最近やっと気がつきました。
ですから、写真を見てもらうときは気合が入ります。全身全霊で師匠の言葉に耳を傾けます。言葉のニュアンスで「心」を感じ取るのです。 (写真は日本名「参道の秋」)


4 Comments:
日本に生まれたことに喜びを感じる瞬間が時々あります。
愛でる、というのは、その空間、光、静寂、雰囲気、全てを包含してその場の空気を味わう表現で、beautiful, lovely, brilliant, などいつも同じような形容詞になりがちな英語にはないステキな言葉です。
こうした空間を体現すること、そしてそれを映像や音楽で表現できるというのは格別に味わい深い。だから多くを語る必要はありませんね。感性がストレートに伝わる作品こそ、作者の心を素直に表す一品でしょう。光に静寂を語らせてますね。そこに精神の集中を感じます。
「この写真のどこがいけないのでしょう?」と聞かれた師匠は、困った顔をしたあとに、その質問に的確な答えをくれました。ですが、その答えは何分か前に師匠のニュアンスから私が感じ取ったものを、はっきりとした「言葉」に変えたものでした。師匠は表現を変えて2回も説明してくれたわけです。その的確な答えを口にしているときの師匠の声色はどことなく寂しそうでした。今でもそれを思い出すと切なくなります。
私の地理学の師匠は、あまりお気に召さないときには、「そーですねぇ・・・」と歯切れの悪い表情、気に入ったときは何も言わずにニコニコ頷いておるだけでした。この「そーですねぇ・・・・」は、かなり良くないとき。あれこれ多くを語らない方が多いですね。そこから読み取るワザも重要な要素。ともすれば禅問答。しかし、これこそ日本独特の心ですね。音で光を感じさせる。光で音を感じさせる。感性の奥深い世界です。
日本人に生まれて良かった..本当にそう思います。
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